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東京地方裁判所 昭和32年(行)109号 判決

原告 松井商事株式会社

被告 東京国税局長

訴訟代理人 広木重喜 外五名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

原告訴訟代理人は「被告が昭和三二年一〇月五日原告に対してした原告の昭和二九年二月一日から昭和三〇年一月三一日までの事業年度分の法人税に関する同年度の所得金額を六九〇、三〇〇円法人税額を二八九、九二〇円とする審査決定を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文と同旨の判決を求めた。

第二、原告の請求原因

一、原告は四谷税務署長に対し、昭和二九年二月一日から昭和三〇年一月三一日までの事業年度(以下本件事業年度という)分につき所得がなく一、三四九、六九〇円の欠損を生じたのでその旨の確定申告をした。ところが同税務署長は、昭和三一年四月三日付で本件事業年度の法人税に関する所得金額を一、四五九、五〇〇円、法人税額を六一二、九九〇円と更正して原告に通知してきた。原告はこれに対して同月二〇日再調査の請求をしたが、同年五月三一日付の、右請求は棄却する旨の決定の通知を受けたので、更に同年六月一六日被告に対し審査の請求をしたところ、被告は昭和三二年一〇月五日原更正処分及び再調査決定を一部取り消し所得金額を六九〇、三〇〇円、法人税額を二八九、九二〇円とする審査決定をし、原告に通知した。

二、しかしながら前記のとおり、原告の本件事業年度分の所得はなく、欠損額一、三四九、六九〇円であるから、被告の右決定は違法でありその取消しを求める。

第三、被告の答弁及び主張

一、原告主張の第二の一の事実は認める。(但し、審査請求のあつた日は昭和三一年六月二五日である。)第二の二は争う。

二(一)  原告の本件事業年度分の所得金額について、被告がした計算の根拠は次のとおりである。すなわち、原告の計算には以下に述べるように、建物の譲渡益一、二〇四、二二五円、借地権の譲渡益三、二九四、五九九円、有価証券の譲渡益一六四、四〇〇円および期末資産に有価証券一五、〇〇〇円が脱漏しているので、これらを加算すると所得金額は三、三二八、四九四円となるから、この範囲内においてした本件審査決定にはなんら違法の点はない。

(二)  原告は昭和二九年一〇月一六日、従来から原告の資産として計上していた次の資産

(1)  東京都新宿区新宿一丁目七三番地所在

木造瓦葺二階建店舗四五坪二合五勺(現況四七坪)

(2)  同所所在

木造亜鉛葺平家建倉庫二四坪(現況二六坪)

(3)  同所七三番地宅地二三八坪六合四勺の借地権

(4)  同所八七番の二宅地四六坪の内二三坪三合六勺の借地権

(5)  株式会社伊勢丹株式一、八〇〇株(松井栄市名義)

(6)  株式会社富士銀行株式八〇〇株(松井栄市名義)

は、もともと原告会社のもと代表者松井栄市個人の資産であるのを誤つて計上していたものであるから、これを訂正して原告の資産から除外するとの会計処理を行つている。

しかしながら、当該資産のうち(1) の店舗四五坪二合五勺(現況四七坪、以下本件店舗という)は、原告において昭和二二年二月五日これを新築し、(2) の倉庫二四坪(現況二六坪以下本件倉庫という)は昭和二六年一一月一日から昭和二七年一〇月三一日にいたる事業年度中に同様原告において新築したものであるばかりでなく、右新築以来毎事業年度これを原告の資産として計上し、しかも各事業年度毎に原告自ら費用を支出してこれが改造増築を行つているのであるから、本来原告の資産というべく、これを訴外松井栄市個人所有のものということはできない。このことは借地権及び株式についても同様であつて、前記土地の借地権は、原告が本件店舗新築当時既にこれを取得していたばかりでなく、原告資産としてこれを毎事業年度に計上している。また株式の取得及び払込も原告の資金をもつて行われ、かつ毎事業年度原告の資産として計上している。したたがつて、これらの資産もまた、本来原告の資産といわなければならない。しかるに、原告はこれを松井栄市個人の資産であるとして原告の資産から除外したことは会計処理を誤つたものといわなければならない。

よつて被告は、右資産に対する原告の会計処理を否認し、原告が訴外松井栄市に返還したという資産は同人に無償で譲渡されたものと認定し(たゞし後記(四)の如く伊勢丹の株式三〇〇株については譲渡なく、原告資産の計上洩れと認定する。)その譲渡価格を算定して得た前記譲渡益をいずれも原告の益金に計上した。

(三)  右右譲渡益金の算定根拠は次のとおりである。

(1)  店舗および倉庫

前記資産の(1) の店舗の賃貸価格は九一三円(その一坪当り賃貸価格は二〇円一七銭となる)であるから、東京国税局調査の財産評価基準調書により、本件店舗の昭和二九年中の時価は右賃貸価格に評価倍一、七〇〇を乗じて得た金額すなわち一、五五二、一〇〇円となる。同(2) の倉庫について、賃貸価格が設定されていないので固定資産税の評価額をとれば四七八、三〇〇円である。そこで右合計額(二、〇三〇、四〇〇円)から上記物件の期首現在の記帳価格八二六、一七五円を差引くと譲渡益は一、二〇四、二二五円となる。

(2)  借地権

前記資産(3) の七三番地の宅地一三六坪六合四勺(以下七三番の土地という)の賃貸価格は一、九一二円九六銭(一坪当り賃貸価格は一四円となる)で、同(4) の八七番の二の宅地四六坪の内二三坪三合六勺(以下八七番の二の土地という)の賃貸価格は一一九円一三銭(一坪当り五円一〇銭となる)であるから、右店舗に関する前項記載と同一の方法により計算すれば評価倍数は七三番の土地について一、六五〇、八七番の二の土地について、一、三〇〇であるから、これをそれぞれ上記賃貸価格に乗じて得た金額、すなわち前者については三、一五六、三八四円、後者κついては一五四、八六九円が同物件の借地権の譲渡価格というべきである。そこでこれを合した金額三、三一一、二五三円から期首現在の記帳額一六、六九四円を差引くと譲渡益は三、二九四、五五九円となる。

(3)  株式

株式については譲渡と認定した日の取引の価格をもつて譲渡価格とするのが相当であるところ、前記資産(6) の富士銀行の株式は昭和二九年三月三一日四〇〇株、同年九月三〇日四〇〇株、同(5) の伊勢丹の株式は同年九月二九日一〇〇株、同年一〇月五日四〇〇株、同年一一月三〇日一、〇〇〇株について各株主名簿の名義変更がなされているので、右各名義変更の日に譲渡があつたものとして、その各名義変更日の一株当りの取引価格により譲渡価格を算定すれば

区分    譲渡の日     株数   一株の取引価格  譲渡価格

富士銀行 二九、 三、三一   四〇〇株   九一円   三六、四〇〇円

同   二九、 九、三〇   四〇〇    八七    三四、八〇〇

小計             八〇〇株         七一、二〇〇円

伊勢丹  二九、 九、二九   一〇〇   一五三    一五、三〇〇

同   二九、一〇、 五   四〇〇   一五一    六〇、四〇〇

同   二九、一一、三〇 一、〇〇〇   一一九   一一九、〇〇〇

小計           一、五〇〇         一九四、〇〇〇

合計            二、三〇〇         二六五、九〇〇

となる。ところで右株式二、三〇〇株および後記伊勢丹の株式三〇〇株の期首現在の記帳価格一一六、五〇〇円から、期末現在譲渡されていない後記伊勢丹の株式三〇〇株の価額一五、〇〇〇円(一株当り額面金五〇円で算定した)を差引いた一〇一、五〇〇円を右譲渡された株式の取得価格として計算すると、譲渡益は一六四、四〇〇円となる。

(四)  右(三)で述べたように富士銀行の株式八〇〇株、および伊勢丹の株式一、五〇〇株はいずれも本件事業年度中に名義変更されているけれども、伊勢丹の株式一、八〇〇株中、右一、五〇〇株を除いた三〇〇株については何ら名義変更がなされておらず、従前のままであるから、これについては従前同様原告の資産とみるべきである。よつて、右三〇〇株の一株当りの単価を額面通り五〇円として計一五、〇〇〇円が計上洩れとみるべきであるから、これを期末資産として計上した。

第四、被告の主張に対する原告の陳述

被告主張の各資産は、もともと原告会社のもと代表取締役松井栄市個人の資産であつて、原告の資産ではないから、原告がこれを原告の資産から除外したことをもつて資産の譲渡とみることはできない。

(1)  店舗、倉庫本件店舗及び倉庫がいずれも被告主張の日に新築されたことは認めるが、これは松井栄市が自己の費用で建築したものであり、原告は所有者である松井栄市から賃借していたものである。(但し倉庫については昭和二九年一〇月一日付で同人の妻松井ミツル名義で所有権保存登記がされている。)ところで原告の計算書類の「建物」の科目に計上されている八二六、一七五円の金額は(1) 昭和二一年一一月一日から昭和二二年一〇月三一日にいたる事業年度一一三、〇五四円昭和二二年一一月一日から昭和二三年一〇月三一日にいたる事業年度一七、四六三円(2) 昭和二四年一一月一日から昭和二五年一〇月三一日にいたる事業年度一二三、四五八円(3) 昭和二五年一一月一日から昭和二六年一〇月三一日にいたる事業年度三〇、〇〇〇円、(4) 昭和二六年一一月一日から昭和二七年一〇月三一日にいたる事業年度五四二、二〇〇円の合計額であり右のうち(4) は倉庫の建築費であつて、松井栄市が支出したものであるが、(1) は普通天井を格天井に改造(本工事は昭和二二年一〇月から同年一一月にわたつて行なわれたもので、工事費の大部労は同年一〇月中に前払し、同年一一月工事完成後不足額を追加支払つたものである。)(2) は居室の一部を店舗に改造(3) は布地陳列棚取付の各政造費用であるから、右(1) (2) (3) 計二八三、九七五円は本来「建物」科目に計上すべからざるものを記帳責任者の過誤に基き右のとおり記帳されたものである。のみならず右各改造は賃貸借終了の際原状回復義務を負わず、必要費と有益費の償還請求権を放棄するとの条件により松井栄市の承諾を得てなされたものであるから、右改造費は本来「設備」「債権」その他如何なる名目を問わず資産として計上すべき性質のものではない。

(2)  借地権。七三番の土地及び八七番の二の土地は本件店舗、倉庫の敷地であり、右建物の所有者である松井栄市が福井豊造、同住江から賃借したものであるから、原告の資産でないこと明らかである。

(3)  株式被告主張の伊勢丹株式一、八〇〇株、富士銀行株式八〇〇株は、いずれも各会社の株主名簿上明らかなように、松井栄市名義であり、同人の所有に属するものである。その取得について原告が資金を支出したことはない。伊勢丹株式の増資払込について原告が資金を提供したことはあるが、右は原告の計算書類上「貸付金」として計上し、その後一年の間にこれを全額回収している。

第五、証拠関係〈省略〉

理由

一、原告が本件事業年度につき四谷税務署長に対し金一、三九四六九〇円の欠損報告をしたところ、同税務署長は昭和三一年四月三日付で本件事業年度の法人税に関する所得金額を一、四五九、五〇〇円、法人税額を六一二、九九〇円と更正して原告に通知したこと、原告はこれに対し再調査の請求をしたが、同年五月三一日右請求は棄却するとの決定の通知を受けたので被告に対し審査の請求をしたところ、被告は昭和三二年一〇月五日所得金額を六九〇、三〇〇円、法人税額を二八九、九二〇円とする審査決定をし原告に通知したことは当事者間に争いがない。

二、被告は、原告は本件事業年度において従来原告の資産として計上せられていた本件店舗、倉庫、借地権、有価証券を原告の代表者松井栄市個人の資産の記帳誤りであるとして原告の資産から除外する会計処理を行つているが、右はいずれも本来原告の資産であるから、原告の右会計処理はそのまま容認し難く、これらの資産につき右松井栄市への無償譲渡があつたものと認めるべきであると主張し、原告はこれを争い、右はいずれも本来松井栄市の所有に属するものであり、原告の会計処理になんらの不当はないと主張するので以下順次判断する。

(1)  店舗、倉庫、借地権、本件店舗が昭和二二年二月五日、本件倉庫が、昭和二六年一一月一日から昭和二七年一〇月三一日にいたる事業年度中に新築されたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一ないし第八号証によれば、原告会社の貸借対照表の資産欄には、建物として、昭和二一年一一月一日から同二二年一〇月三一日にいたる事業年度分のそれには一一三、〇五四円八五銭、昭和二二年一一月一日から同二三年一〇月三一日にいたる、及び昭和二三年一一月一日から同二四年一〇月三一日にいたる各事業年度分のそれには一三〇、五一七円三五銭、昭和二四年一一月一日から同二五年一〇月三一日にいたる事業年度分のそれには二五三、九七五円、昭和二五年一一月一日から同二六年一〇月三一日にいたる事業年度分のそれには二八三、九七五円、昭和二六年一一月一日から同二七年一〇月三一日にいたる、昭和二七年一一月一日から同二八年一月三一日にいたる、及び昭和二八年二月一日から同二九年一月三一日にいたる各事業年度分のそれには八二六、一七五円の金額がそれぞれ計上せられていること、同じく右貸借対照表の資産欄に土地の借地権として、昭和二年一〇月三一日までの各事業年度のそれには一二九〇〇円、その後のそれには一六、六九四円の金額がそれぞれ記載されていること、又原告会社の損益計算書には、損失の部に地代として前記最初の事業年度分のそれには五、七四七円五〇銭、二番目の事業年度分のそれには一八、四一七円五〇銭、三番目のそれは一一、六八五円、四番目のそれには二一、一二八円、五番目のそれには五九、六六八円、六番目のそれには記載なく、七番目のそれには地代家賃として四九四八一円、昭和二九年一月三一日現在のそれには営業費内訳の中に地代家賃として同額の各記載がなされていることがそれぞれ認められ、証人尾沢十芳の証言によると右貸借対照表表中建物の科目に計上した金額は、昭和二六年一〇月三一日までの分は本件店舗に関するもの、それ以後は本件店舗と本件倉庫に関するものであり、それ以外に原告会社には資産として計上すべき建物はないこと、又土地の借地権として計上した金額は右各建物敷地の借地権の価格であり、地代ないしは地代家賃として支出した金額は右借地についての地代の支払であることを認めることができる。これによれば、原告会社においては、少くとも昭和二九年一月三一日までは、多少の不正確さはあるにせよ、一貫して、本件店舗及び本件倉庫が原告会社の所有する資産であり、その敷地の借地権もまた原告会社のものとして取り扱われてきたものであることが明らかである。ところでこの点に関し原告は、本件店舗及び倉庫はいずれも原告会社の元代表者亡松井栄市が自己の費用において建築したもの、その敷地は同人が訴外福井豊造、同住江から賃借したものであり、原告会社の財務諸表中における上記記載はいずれも帳簿記載者の誤りであつて、特に建物価格の記載は、昭和二六年一〇月三一日までの分は本件建物の改造費を合算して計上したもの、その後の分はこれに本件倉庫の建築費を加えて計上したものであると主張し、成立に争いのない甲第六号証には右主張にそう記載があり、また証人尾沢十芳、同加藤定男も同趣旨の証言をしている。殊に加藤証人は、原告と右松井栄市との間には、松井所有の本件店舗及び倉庫を原告において使用する代りに、右各建物の敷地は原告において負担する旨の約定があつたので、右土地の地代は原告において支出していたものであるが、右は本来借家料として計上すべきものであるのを地代として計上したにすぎないと説明している。しかしながら、もし原告主張の如く本件店舗及び倉庫が松井栄市個人の所有であるとすれば、上記の如き原告の会計処理はあまりにも非常識なやり方であつて、経理上の知識のない素人でも容易におかさない誤りといわざるを得ないのみならず(殊に松井栄市の支出によつて建築した本件倉庫を原告会社の資産として計上し、また敷地の借地権を同じく原告の資産として計上している点については、なぜこのような誤りをおかしたかにつき原告自身もなんらの首肯すべき説明を加えておらず、前掲各証人もこの点にふれるところがない。)、尾沢証人の証言によれば、昭和二一年一一月一日から同二二年一〇月三一日にいたる事業年度及び昭和二二年一一月一日から同二三年一〇月三一日にいたる事業年度における原告会社の財務諸表は税理士が作成したものであり、その後も決算に際し税理士が関与していることが認められ、専門家たる税理士が右の如き誤りを看過したとはとうてい考えられない点から考えても、又昭和二一年一一月一日から二二年一〇月三一日にいたる事業年度の貸借対照表に建物価格として計上せられ一一三、〇五四円八五銭及び昭和二二年一一月一日から同年一〇月三一日にいたる事業年度の貸借対照表において建物価格として計上せられた計一三〇五一七円三五銭が原告主張のような天井の改造工事費としては著しく多額である点からみても、上掲各証拠は、直ちに採つて以て原告主張の事実を肯認し、原告会社の帳簿の記載を誤りと断定する資料とすることはできない。かえつて、上記認定の諸事実と成立に争いのない乙第一〇号証の一、二、同第一三号証により認めうる本件店舗は原告が建築したものとして東京都新宿税務事務所に届け出られ、調査のうえその旨課税台帳に登録せられ、爾来原告においてその固定資産税を納付している事実、尾沢証人の証言により認めうる右店舗につき原告が所有権保存登記を経由している事実、成立に争いのない甲第四号証の二により認めうる原告が本件店舗及び倉庫の敷地の地代を地主たる福井らに直接支払つている事実、前掲乙第一、二号証により認めうる同年度の貸借対照表及び次年度のそれに原告の資産として木材各二、〇〇〇円の金額が計上されている事実を綜合すると、本件店舗は、当初より原告の計算において原告の資産たるべき建物として建築せられ、従つて建築と同時に原告会社の資産として計上されたものであり、上記の如き原告会社の財務諸表上の記載には、なんらの誤りもないと認定するのが相当である。又本件倉庫についても、成立に争いのない甲第七号証の二によると登記簿上松井栄市の妻訴外松井みつるの所有名義に保存登記がなされているが、その登記年月日は原告が本件店舗等につき帳簿上の記載誤りとして会計処理をした昭和二九年六月二六日(成立に争いのない甲第五号証によつて認められる。)の後であるから、これによつて右倉庫が当初から松井栄市ないしは松井みつるの所有であると認めることはできないし、他面上掲各証拠に照らせば、本件倉庫の帰属関件につき本件店舗の場合と異別に解さなければならない事情は何も見出されないから、これまた本件店舗と同様原告会社の資産と認むべきものである。次に本件借地権については、弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第一号証及び成立に争いのない甲第三号証の二によれば、本件店舗及び建物の存在する七三番地の土地及び八七番の二の土地は、松井栄市が地主福井豊造より賃借したものであることがうかがわれるけれども、前掲各証拠ならびに上記認定の事実に照らせば、松井栄市は右土地を前記店舗等の敷地として原告に使用させ、その代り原告において事実上その地代を支払い、松井栄市個人がその支払をしたことはないことが認められ、この事実と原告会社が事実上松井栄市のいわゆる個人会社に近い事実(この事実は前掲尾沢証人、加藤証人の各証言及び弁論の全趣旨からもうかがわれる。)とを合せると、右借地権は名義上は松井栄市個人のものであつても、松井栄市と原告会社の内部関係においては、実質的には後者に帰属しているものと認めるのが相当であり、仮に原告の本件土地の使用関係を松井栄市から転貸を受けたものと解するとしても、その転借権は実質上は松井栄市のもつ賃借権と同一の価値を有するものとみるのが妥当であるから、右借地権の価格を原告の資産として計上したことも正当であるといわなければならない。その他に上記認定を覆えし、原告の従来の財務諸表上の記載を誤りと認むべき証拠はない。

(2)  株式 被告主張の伊勢丹株式一、八〇〇株、富士銀行株式八〇〇株が株主名簿上松井栄市の名義とされていることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第一一、第一二号証によると、富士銀行株式については昭和二三年一〇月一日四〇〇株、昭和二八年五月三〇日四〇〇株合計八〇〇株が、伊勢丹株式については昭和一〇年一〇月三一日二〇株、昭和二三年七月八日一六〇株、昭和二七年二月一日二七〇株(但し無償増資)、昭和二七年一二月一日四五〇株、昭和二九年二月一日九〇〇株、合計一、八〇〇株がそれぞれ松井栄市名義で取得せられている事実を、地方前掲乙第二ないし第八号証によれば原告会社の財務諸表上においては右各株式がすべて昭和二二年一一月一日から昭和二三年一〇月三一日にいたる事業年度以降昭和二八年二月一日から昭和二九年一月三一日にいたる事業年度まで毎事業年度原告の資産として計上されている事実をそれぞれ認めることができる。原告は、右株式取得について原告が資金を支出したことはなく、ただ伊勢丹株式の増資払込について松井栄市に対し資金を貸付けたことはあるが、その後一年の間にこれを全額回収しており、右原告会社の財務諸表上の記載はすべて誤りであると主張し、加藤証人も右主張にそう証言をし、前掲乙第七第八号証によれば、昭和二七年一一月一日から昭和二八年一月三一日にいたる事業年度において松井栄市に対し金一〇万円が貸付けられ翌昭和二八年二月一日から昭和二九年一月三一日にいたる事業年度にはこれが返済されている事実が認められる。しかしながら、右松井栄市に対する貸付金が同人の富士銀行株式四〇〇株伊勢丹株式四五〇株の取得のためのものであるとは容易に断定し難いのみならず(この点に関する加藤証人の証言は後述のようにたやすく信を措き難い。)、かえつて成立に争いのない甲第四号証の二によれば、昭和二八年四月三日に二〇、〇〇〇円を支出して富士銀行株式四〇〇株が、昭和二九年一月二九日に四五、〇〇〇円を支出して伊勢丹株式九〇〇株がそれぞれ取得せられていることを認めることができ、この事実と前記認定のように原告会社の財務諸表が一応税理士の眼のとおつたものであり、その間に記載の誤りがあると認められるような特段の事情も見当らない点を合せ考えると、上記松井栄市名義の各株式は、いずれも原告会社の費用によつて取得せられたもので、単に名義を松井栄市個人のものとしたにすぎず、原告会社と松井栄市個人との内部関係においては実質的には原告会社の所有に属するものと推断するのが相当である。加藤証人の証言中右認定に反する部分は信を措き難く、他に右推定を覆えし、原告主張事実を肯認すべき証拠はない。(もつとも、昭和一〇年一〇月三一日に松井栄市名義で取得せられた伊勢丹株式二〇株については、昭和二一年一一月一日から昭和二二年一〇月三一日にいたる事業年度の原告会社の財務諸表中には原告会社の資産として計上せられておらず、これがその後の財務諸表においては原告会社の資産として計上せられるに至つた経緯が明らかでない点に徴すると、右二〇株を原告会社の資産と認むべきかどうかに疑問がないでもないが、右株式がその後の事業年度においてなんらかの理由により松井栄市から原告会社に事実上譲渡されたということもあり得ないわけではないのみならず、仮に右二二〇株を原告会社の資産と認むべきものでないとしても、この点は本件の結論に影響を及ぼすものでないことは後述するところからも明らかである。

三、前掲乙第八号証、成立に争いのない甲第五号証の一及び三、乙第九号証並びに加藤証人の証言の一部を合わせると、原告は本件店舗倉庫(期首価格八二六、一七五円)、借地権(期首価格一六、六九四円)を、昭和二九年六月二六日付で松井栄市の個人資産とみなし、原告の計算書類上その資産から除外したことが認められるところ、右の如く会社の資産に属する物件ないしは権利を正当の理由なく個人資産の記載誤りとしてこれに繰り戻す処置をとつた場合においては、特段の事情のない限りその繰戻のなされた日に会社から右個人に対して当該資産の無償譲渡が行なわれたものと認めるのが相当である。次に前掲乙第一一、第一二号証によれば、本件事業年度中富士銀行の株式については、昭和二九年三月三一日四〇〇株、同年九月三〇日四〇〇株、伊勢丹の株式については同年九月二九日一〇〇株、同年一〇月五日四〇〇株、同年一一月三〇日一、〇〇〇株がいずれも第三者に対し各株主名簿の名義変更がなされている。他方原告会社の計算書類上右株式の譲渡代金を収入として計上されている事実はこれを認める証拠がなく、又成立に争いのない甲第五号証の四に加藤証人の証言を合わせると、原告は昭和二九年一〇月二〇日原告の資産たる株式中既売却分を除く、その余の株式を松井栄市の個人資産の記帳誤りとして原告の計算書類上その資産から除外するという処理をしている事実が認められる。

ところで右の株式中昭和二九年一〇月二〇日以前の売却分については、その売却代金を原告会社の会計書類上資産欄ないし収益欄に計上していないのは、その他の株式につき前記のようにこれを松井栄市個人の資産に繰り戻していることから考えれば、これを会社資産でなく松井個人の資産とみてその売却代金をすべて松井個人に帰せしめたものと認めるのが相当であるから、これらの株式については被告の主張するごとく各名義変更の日に原告から松井栄市個人に無償で譲渡されたものと認定しても不当ということはできない。しかしながら、その他の株式については、前記のように昭和二九年一〇月二〇日に松井栄市の個人資産に繰り戻されているのであるから、同日現在において原告から松井に無償で譲渡されたものと認定すべきである。この後者の点につき、被告は、本件店舗等の場合とその取扱を異にし、同日松井に無償譲渡があつたものと認めず、同年一一月三〇日に売却せられた伊勢丹株式については同日松井に無償で譲渡せられたものと認め、残り伊勢丹株式三〇〇株については原告会社資産への計上洩れと認めているが、株式の場合についてのみ本件店舗等の場合とその取扱を異にし、単なる資産の計上洩れと認むべき合理的な理由はないから、被告の主張する右の計算方法はこれを相当とすることができない。

そうすると被告が本件事業年度において原告が会社資産である本件店舗倉庫、借地権及び株式をその代表取締役である松井栄市個人の資産として原告の資産から除外したことをもつて同人に対する会社資産の無償譲渡があつたものとし、右各資産の時価相当額を原告会社の役員たる松井栄市に対する給与(賞与と認定し、これをいわゆる隠れたる利益処分として益金に加算すべきものとしたことは相当であるといわなければならない。(上記給与を松井栄市の労務に対する報酬その他事業経費と認むべき特段の事情は存在しない。)しかして前掲乙第九号証によれば、原告は本件事業年度の確定申告にあたり、損金として前記店舗、倉庫、借地権、株式の各資産の薄価を計上していないから、原告の本件事業年度の法人税の所得金額は、右各資産の時価相当額(賞与と認定した額)から右各資産の簿価を差引いた差額、すなわち譲渡益を原告の益金に加算して計算するのが相当である。

四、そこで本件店舗、倉庫、借地権、有価証券の譲渡益を算定する。

(1)  本件店舗及び倉庫、成立に争いのない乙第一三号証、同第一七号証の一及び三によれば、本件店舗(四五坪二合五勺)の賃貸価格は九一三円(坪当り二〇円一七銭)であり、右店舗の昭和二九年中の時価は、右賃貸価格に東京国税局の財産評価基準調書による評価倍数一、七〇〇を乗じて算定することが相当と認められるから、右により時価を計算すると一、五五二、一〇〇円となる。

成立に争いのない乙第一四号証によれば、本件倉庫については賃貸価格が設定されていないから、固定資産税の評価額(四七八、三〇〇円)をもつて時価と認めるのが相当である。しかして右店舗と倉庫の譲渡益は時価の合計額二、〇三〇、四〇〇円から本件事業年度の期首価格八二六、一七五円を引いた一、二〇四、二二五円と認められる。

(2)  借地権、成立に争いのない乙第一五、第一六号証、第一七号証の二、前掲第一七号証の一により、七三番の土地(一三六坪六合四勺)の賃貸価格は一、九一二円九六銭(坪当り一四円)、八七番の二の土地(四六坪の内二三坪三合六勺)の賃貸価格は一一九円一三銭(坪当り五円一〇銭)、借地権の評価倍数は前者については一、六五〇、後者については一、三〇〇であることがそれぞれ認められるから、右賃貸価格に各評、価倍数を乗じて算定された金額すなわち七三番の土地については三、一五六、三八四円、八七番の二の土地については一五四、八六九円が昭和二九年度における借地権の時価でありり、これの合計額三、三一一、二五三円から前記期首価格一六、六九四円を引いた三、二九四、五五九円が右借地権の譲渡益と解するのが相当である。(なお本件土地の使用関係を仮に転貸借関係であると認めるとしても原告会社の転借権の消滅は本件建物の松井栄市に対する無償譲渡にもとづくものであり、賃貸人たる同人に地上建物を譲渡すると同時に転貸借関係を終了せしめることは、原告会社をして転借権の価値を喪失せしめる反面松井に対してそれだけの価値を取得せしめる結果となるのであるから、この場合においても転借権無償譲渡があつた場合と同視してしかるべく右転借権の価格は原則として賃借権のそれと一致すべきものであるから、結局上記金額を原告の益金とみるべき結論に変りはない。)

(3)  株式 株式の時価は譲渡された日の時価(取引価格)を基準として評価すべきところ、成立に争いのない乙第一八、第一九号証の各一、二、第二〇号証の一ないし三によれば、富士銀行株式の昭和二九年三月三一日、同年九月三〇日の時価は一株につきそれぞれ九一円と八七円、伊勢丹株式の昭和二九年九月二九日、同年一〇月五日の時価は一株につきそれぞれ一五三円と一五一円であることが認められるから、右によつてこれら株式の譲渡代金を計算すると、その金額が合計一四六、五〇〇円となることが計算上明らかである。しかしながら、その余の株式については、それが松井栄市に譲渡された認むべき昭和二九年一〇月二〇日当時におけるこれらの株式の時価が幾何であるかを確定すべきなんらの証拠がないから、これについて譲渡益を算出することは不可能である。

ところで前者すなわち昭和二九年一〇月二〇日以前に売却せられた株式の譲渡益を算出するためには、これら株式の期首現在の帳簿価格を知らなければならないが、前掲乙第八号証によれば、原告会社資産たる株式については全部を一括して一一六、五〇〇円と記載されていろのみで、その内訳を確知する資料は何もないから、昭和二九年一〇月二〇日以前に売却した株式の分について期首現在の簿価を確定することは不可能であるが、しかし右株式の簿価がその他の株式を含む全株式の簿価である前記一一六、五〇〇円を下らないことは明らかであるから、少くとも譲渡価格一四六、五〇〇円と右一一六、五〇〇円との差額三〇、〇〇〇円の譲渡益があつたことはこれを認めてしかるべきであるが、それ以上に幾何の譲渡益があつたかについては結局その立証がないものといわなければならない。

五、そこで上記の認定に基づき、本件店舗倉庫の譲渡益一、二〇四、二二五円、借地権の譲渡益三、二九四、五五九円、株式の譲渡益三〇、〇〇〇円を合算した金額から本件事業年度における原告の欠損額一、三四九、六九〇円を控除すると、原告の所得金額は三、一七九、〇九四円と算定されるから、原告の右所得金額を右以下の六九〇、三〇〇円と認定した被告の審査決定には結局なんらの違法はないといわなければならない。

よつて原告の請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 中村治朗 時岡泰)

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